0 はじめに
1 『「学力」の経済学』からのエビデンス
2 パレートの法則の概要
3 『働かないアリに意義がある』によるパレートの法則の説明
4 笠見未央の開成での体験
5 まとめ
はじめに
中学受験生の保護者のみなさん!
人数の多い集団塾の方が子どもがライバルと切磋琢磨して成績が伸びるなどということを聞いたことはありませんか?
結論から言いますと、ウソです。
まずもって、たんなる営業トークです。
私も、大手塾に勤務していたときは、そのように保護者に説明するようにと上司から指導を受けていました。
営業トークでも間違っていなければよいのですが、経験上、かなり疑わしい話だと思います。
生徒の人数の少ない方が合格実績がよかったからです。
私が以前勤務していた塾で最上位クラスを担当した時の話です。
学年の3分の1が御三家に合格し、もっとも合格実績がよかったのは、その塾で、誕生期を除いて、もっとも人数が少ない時だったのです。
わたしどもの小規模塾でも全員第一志望校合格ということが一度あったのですが、それももっとも人数の少ない年だったのです。
ただ、これは私の経験にすぎませんので、エビデンスで裏づける必要がありましょう。
1 『「学力」の経済学』からのエビデンス
まずは、有名な中室牧子の『「学力」の経済学』にエビデンスを求めてみましょう。
『「学力」の経済学』によれば、学力の高い友だちからプラスの影響を受けるのはもともと学力の高かった子どものみです。
他方、学力の低い子どもは、学力の高い友だちと一緒にいると、自信を喪失してしまいます。
学力の高い友だちと一緒にいると、マイナスの影響を受けてしまいます。
また、大手塾では習熟度別クラスが採用されていますが、これにも注意が必要です。
たしかに習熟度別クラスには全体の学力を押し上げる効果が見られます。
ただし、学力が上昇するのは主に学力の低い子どもです。
その理由が大事です。
習熟度別クラスにすると、自分のクラスには自分と同じ程度の学力の子どもしかいないので、他人と比較して自信を喪失することがないからです。
つまり、習熟度別クラスは競争を排除するので学力が上がるのです。
実際、習熟度別クラスでも、競争を助長する場合は、全体の学力を下げます。
大手塾の習熟度別クラスがこれにあたるでしょう。
競争に学力を上げる効果などないのです。
補足します。
学力が他人との比較という外的な動機で上がるのは一時的なことです。
外的な動機である以上、お菓子やお小遣いで釣って勉強させるのと本質的には変わりません。
お菓子やお小遣いで釣って勉強させるのも効果が一時的で、マイナスとなることもあるという実験結果があります。
2 パレートの法則の概要
さて、ビジネス書などにもよく出てくるパレートの法則はご存知でしょうか?
イタリアの経済学者アルフレッド・パレートが150年ほど前に発見した法則です。
たとえば、全体の20%が富の80%を所有している、20%の商品が売り上げの80%を占めているなどといったものです。
いろいろな社会事象にあてはまるとされている法則です。
俗説だと言われていたこともありましたが、近年ではネットワーク科学によって「スケールフリー」としてモデル化されていますので、普遍的に通用する法則だと言ってよいでしょう。
興味のある方はダンカン・ワッツの『スモールワールド・ネットワーク』などをお読み下さい。
3 『働かないアリに意義がある』によるパレートの法則の説明
ここでは、パレートの法則の最良の入門書の1つであろう、有名な長谷川英祐の『働かないアリに意義がある』を使って、説明を行いましょう。
「アリとキリギリス」の話で描かれているように、一般にアリは働き者だと思われていますが、アリの巣をよく観察すると、働かないアリが20%ほどいるそうです。
しかも、興味深いのが、よく働くアリのみを選抜したグループを作っても、やはり20%ほどが働かなくなるということです。
逆に、巣の中のよく働くアリの割合が減ると、働かないアリの一部が働き始めます。
つまり、どういったグループでも、働かないものが同じ割合で生まれるのです。
なお、働かないアリは働きたくないから働かないわけではありません。
全員が過労死して、集団が存続できなくなることを防ぐ目的もあるようです。
長谷川さんの表現を借りれば、アニメのように、「本当は有能なのに先を越されてしまうため活躍できない、そんな不器用な人間」こそ「が世界消滅の危機を救う」のかもしれません。
このパレートの法則を大手塾にあてはめると、次のようになります。
どの大手塾でも、合格実績の80%は上位20%、つまり偏差値58以上の生徒が生み出しているにすぎません。
他方、下位20%、つまり偏差値42以下の生徒は勉強しなくなります。
これらは経験的に納得できる数字です。
大手塾が大手塾である以上逃れられない法則なのです。
4 笠見未央の開成での体験
さて、瀬戸内しまなみ海道にある向島のUS塾塾長の笠見未央が書いた『センター前ヒット』という好著があります。
田舎では神童だった笠見未央は東京私立の御三家の1角、開成中学に入学して徹底的に打ちのめされます。
笠見未央は、道元の「正法眼蔵」やケインズの「一般理論」を休憩時間に読む同級生に圧倒され、劣等感を抱きます。
自己評価が低くなり、勉強から落ちこぼれてしまいます。
どういったグループでも落ちこぼれが同じ割合で生まれるというパレートの法則そのものです。
しかし、大学受験の頃には、他の落ちこぼれの開成生と同様、やはり自分には勉強しかないのだと、勉強に戻っていきます。
そして、一浪の末、早稲田大学に合格します。
5 まとめ
99%の人間は勝ち続けることができません。
どこかで負けます。
そして、劣等感を抱くかもしれません。
そこで自己を客観的に見つめ直し、進むべきわが道を見つけるというのは大事な体験です。
パレートの法則を私なりに解釈すれば、世界を最後に救うのはそういう人間かもしれません。
競争を通しておのれを知ることができるという意味では、競争も悪いものではありません。
ただ、競争が学力を上げるというのはエビデンスのないウソです。
大手塾の習熟度別クラスも多くの生徒にとってはプラスの効果はありません。
競争で負けて自分探しを行うのは中学に入ってからでよいでしょう。
道元やケインズを読んでいる同級生に劣等感を抱くならまだしも、塾のテストの成績で劣等感を抱くなど、下らなさ過ぎます。