
0 はじめに
1 英文を左から右へ流れのままに読むためにはどうすればよいのか?
2 伊藤和夫の2つの主著
3 伊藤和夫の予備校批判
4 予備校の現状
はじめに
今回は、第一に、英文を左から右へ流れのままに読むためにはどうすればよいのかということを説明させていただきます。
第二に、伊藤和夫の2つの主著の間にある態度変更を予備校批判として読み換えるという、本邦初の試みを行います。
第三に、予備校の歴史と現状を簡単に整理させていただきます。
1 英文を左から右へ流れのままに読むためにはどうすればよいのか?
さて、伊藤和夫は大学受験の英語参考書の「バイブル」とされる『英文解釈教室』と『ビジュアル英文解釈』を書いた駿台予備校の元講師です。
1997年に逝去されました。
伊藤和夫が画期的だったのは、入試問題の長文化に対応して、英文を左から右へ流れのままに読む方法を具体的に示したところにありました。
英文は左から右へ直線的に進んでいきます。
したがって、英文を読めるようになるためには、直線上の点、つまり単語だけでなく、点と点の結びつき方を習得しなくてはなりません。
点と点の結びつきとは、たとえば、複数の単語が合わさった熟語や単語と単語の関係をルール化した文法のことです。
実際、英文解釈の参考書は熟語集や学校文法を中心としたものから始まりました。
しかし、日本人が熟語と考えているものを英語ネイティブが熟語と考えているとは限りません。
たとえば、what we callを「いわゆる」という意味の熟語だと考えてはいないでしょう。
よって、熟語の公式化は日本人にのみ通用する恣意的なものとならざるをえません。
また、文法は、言語使用者の視点からは作られていません。
英文は左から右へ直線的に進んでいきます。
だとすれば、英文を理解するのに重要なのは、英文が”Reading books…”で始まったとき、それが、
1 Reading books gives him great pleasure.
2 Reading books, he sat there.
のどちらであるかを識別することです。
動名詞や分詞構文などといった文法的な説明は、英文を左から右へ読む役には立ちません。
必要なのは、英文を左から右へ流れのままに読むための頭の働かせ方です。

2 伊藤和夫の2つの主著
さて、伊藤和夫の主著には『英文解釈教室』と『ビジュアル英文解釈』という2冊があります。
一般的には、『ビジュアル英文解釈』は『英文解釈教室』の簡易版だと見られています。
しかし、両者の間には根本的な態度変更があります。
日本人は、日本語で話すときに、通常、自分の日本語が文法的に正しいかどうかを意識しません。
文法は無意識の中に沈み込んでいます。
ただ、外国語を大人になってから習う場合には、まずは文法を意識的に習う必要があります。
そして、大量の反復練習を通じて、意識的に習得したものを血肉化し、無意識の中に沈める必要があります。
『英文解釈教室』は無意識の中に沈み込んだものを教師が体系的に生徒に示したものです。
他方、『ビジュアル英文解釈』では、生徒が目の前の英文を次々と読んでいくうちに、教師が隠し持った体系がらせん状に示されます。
そして、生徒がらせん階段をのぼる中で、反復練習を通して、意識的に習得したものが無意識の中に沈み込んでいきます。
つまり、『英文解釈教室』は教師目線で、『ビジュアル英文解釈』は生徒目線で書かれているのです。

3 伊藤和夫の予備校批判
以上のような『英文解釈教室』から『ビジュアル英文解釈』へという伊藤和夫の著作が描く軌跡は予備校の歴史と重なります。
予備校のスター講師はなぜことさら自らを誇示しようとするのでしょうか?
かつては駿台・河合塾・代々木ゼミナールの三大予備校が全国に群雄割拠し、競争が熾烈を極めていました。
どの予備校も実力があり甲乙つけがたい中、スター講師の微小な差異が消費の対象とならざるをえなかったからです。
そうした中、スター講師の授業は、自らの差異を誇示するあまり、生徒目線を装った独善的なものとなっていきます。
スター講師が英文の構文を他の講師より見事に分析し、生徒はスター講師と同じように英文の構文の分析を行うだけで英文が読めたと満足してしまうといったものです。
この責任の一端は『英文解釈教室』の成功にあります。
そもそも予備校のスター講師のシステムを完成させたのが伊藤和夫です。
しかし、その一方で、『ビジュアル英文解釈』は、目の前の生徒を英文が読めるようにさせなくてはならないという教育の現場性をかろうじてすくい取ることができています。
その点で、凡百の予備校批判よりはるかに内在的に予備校を批判できていると言えます。
4 予備校の現状
ところで、現実には、三大予備校は、代々木ゼミナールの経営難に見られるように、少子化と受験生の現役志向のため、かつての勢いを失っています。
その一方で、スター講師のシステムは東進などの映像授業の中で、消費者、つまり学校が忙しい現役生に便宜を図ることと引き換えに延命されています。
伊藤和夫の予備校批判はまだ可能性にとどまっています。
参考文献
入不二基義「二つの頂点」『現代英語教育 1997年5月号』
